佐賀観光の穴場|鍋島焼のふるさと秘窯の里大川内山

佐賀県伊万里市の山あいにある大川内山(おおかわちやま)は、江戸時代に将軍家への献上用の焼き物を、門外不出の体制で作り続けてきたという歴史を持つ場所です。

そのため、現在では「秘窯の里」として広く知られています。

私はもともと、繊細で品格のある色鍋島の器が大好きで、時間を見つけてはこの地を訪れています。

器の奥に積み重ねられた歴史や、職人たちの確かな技に触れることで、日々の暮らしの中にも、ちょっとした豊かさを見出せるような気がするからです。

今回は、年に一度の「鍋島藩窯秋まつり」が開催されると聞き、足を運びました。

鍋島藩窯秋まつり2025|大川内山を散策

2025年11月1日(土)〜5日(水)、紅葉が始まる季節に合わせて開催された「鍋島藩窯秋まつり」。

普段は観光客もまばらな大川内山ですが、この時期は地元の方々によって駐車場の整備なども行われ、地域ぐるみで祭りを支えている様子が印象的でした。

約30の窯元が参加するこのまつりは、派手さこそありませんが、じっくりと器を見て歩ける落ち着いた雰囲気が魅力です。

広場では地元の野菜が並んでおり、訪れた人たちがのんびりと買い物を楽しむ様子が見られました。

路地を歩きながら、気になる各窯元の店先に一軒ずつ立ち寄って、じっくりと器を手に取って見て回ります。

大規模なイベントとは異なりますが、その分ひとつひとつの出会いに向き合えるのがこのおまつりの魅力だと感じます。

掘り出し物を探しながら歩くうちに、職人の方と直接話す機会もありました。

作り手から語られる技法や想いを聞くことで、器への理解が深まり、自然と手に取る気持ちにも変化が生まれます。

鍋島焼の歴史と魅力|将軍家を魅了した“秘窯の器”とは

鍋島焼の歴史は、17世紀中頃、有田で焼かれた磁器が徳川将軍家への献上品となったことから始まったとされています。

その後、より高い品質と機密性を求めて、大川内山へと窯が移されました。

1660年代には佐賀藩の管理のもとで焼き物の製作体制が整えられ、延宝年間(1673〜1680年)には藩窯としての制度が確立されました。

献上品としての鍋島焼に求められたのは、精緻な技術と気品ある意匠。

藩の威信をかけて焼かれていたため、一般流通は許されず、技術も門外不出として厳重に管理されていました。

この背景から、大川内山は「秘窯の里」と呼ばれるようになり、現在もその伝統が息づいています。

色鍋島は、鍋島焼の中でも代表的な様式の一つで、白磁に染付(藍)と赤・緑などの上絵を組み合わせた華やかな意匠が特徴です。

手間ひまを惜しまず丁寧に作られたその姿は、器でありながら工芸品としての風格を持ち、現代でも高く評価されています。

箸置きとの出会い|鍋島虎仙窯で見つけた青白磁の魅力

今回、私が購入したのは鍋島虎仙窯(こせんがま)の「青白磁メダカ丸箸置(赤)」です。

たたずまいがよく、手ごろな大きさで使いやすそうな箸置きです。

青白磁の地に描かれた赤いメダカの絵は上品で趣があり、見た瞬間に惹かれました。

実際に手に取ってみると、質感や絵付けの風合いも期待を裏切らず、いい感じの品でした。

あとで娘や息子に見せたところ、ふたりとも「これ、欲しい」と言ったほど。

ネット販売もありますが、焼き物は実際に見て触れて、手ざわりや重さ、絵付けのニュアンスまで確かめて選びたいものです。

写真では伝わらない魅力が、手にすることで自然と伝わってくる──そんな出会いが、窯元めぐりの醍醐味です。

大川内山の静けさと、今も続く窯の火

まつりをひと通り見て回ったあと、坂道の途中に腰を下ろし、紅葉し始めた山々を眺めました。

鳥の声、風に揺れる木の音、そして遠くから聞こえる人々の笑い声。

自然と共に生きる焼き物の里には、この里独特の時間の流れがあります。

焼き物を見て、手に取り、話を聞いて、また静けさの中に戻る。そんなゆったりした時間を持てたいい休日でした。

大川内山で見つける、心に残る焼き物との出会い

大川内山では、器そのものの美しさに加えて、それを生み出す人々の丁寧な営みが、今も静かに息づいています。

落ち着いた空気が流れるこの里には、日常のなかにそっと彩りを添えてくれるような器との出会いがあります。

もし機会があれば、ぜひ一度足を運んでみてください。

そして、見るたびに心がふわっと温かくなるような、あなただけの「お気に入り」と出会えますように。

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