「もう二度と乗らない」と思ったトゥクトゥクだったけれど10年後に

バンコクでトゥクトゥクを見ると、昔のことを思い出します。

約10年前、仕事でバンコクに来たときのことです。

一緒にいた仕事仲間と、

「トゥクトゥク、もう二度と乗るもんかって言ってたけど、結局また乗っちゃったね」

そんな話をした記憶があります。

なぜ「もう二度と」と思ったのか。

当時のバンコクは、排気ガスがかなり気になったからです。

トゥクトゥクは走り出せば、道路の空気がそのまま入ってきます。

一度乗って、

「ああ、もうごめん」

と思いました。

それなのに、そのあと結局また乗った。

そしてさらに10年ほどたった今回の旅行でも、私はまたトゥクトゥクに乗ることになりました。

人の「もう二度と」は、案外あてになりません。

Grabもタクシーもダメ。残ったのはトゥクトゥク

この日は朝からネイル、中華街、インド人街、王宮と回っていました。

移動にはGrabを使うつもりで、日本にいるときからアプリも入れて準備していました。

ところが、いざ使おうとするとタクシーが捕まりません。

流しのタクシーを止めても、メーターを使わないと言われたり、乗車を断られたり。

しかもGrabは、何度かキャンセルしたことで23時間ほど使えなくなってしまいました。

→バンコクでGrabを使おうとしたら23時間利用停止になった話

王宮を出て、次に向かいたかったのはワットパクナムです。

今回の旅で、私がいちばん見てみたかった場所。

でも王宮から歩けば1時間半ほどかかります。

さすがに歩けません。

Grabは使えない。

タクシーも捕まらない。

道路にはトゥクトゥクがいます。

……これか。

「もう二度と乗らない」と思った乗り物に、また頼ることになりました。

道端でおじさんと値段交渉

トゥクトゥクのおじさんに、

「ワットパクナム」

と行き先を伝えました。

最初にいくらと言われたのかは、もうはっきり覚えていません。

500バーツだったか、300バーツだったか。

やり取りをしているうちに250バーツになりました。

そこで、「200にして」と言ってみます。

おじさん、了承。

200バーツ。

交渉成立です。

Grabで見ていたタクシー料金は、たしか120バーツくらいでした。

タクシーよりトゥクトゥクのほうが高い。

でも、もう歩けません。

タクシーも捕まらない。

ここからさらに何十分も、もっと安い移動手段を探す元気もありませんでした。

こういうとき、私は「快適代」を払います。

日本円にすれば数百円の差。

その数百円で、この暑さの中を歩かなくて済む。

もう、それでいい。

娘と二人、トゥクトゥクに乗り込みました。

娘は初めて私は10年ぶり

トゥクトゥクが走り出します。

道路の景色がそのまま横を流れていきます。

娘にとっては、初めてのトゥクトゥク。

楽しそうです。

一方の私は、10年前に「もう乗らない」と思ったのに、また乗ってるという気分。

揺られながら、昔のことを思い出しました。

あのときも、

「もう乗らないって言ってたのに、また乗ったね」

と話していた。

そして10年後も、また同じことをしています。

どうやら私は、トゥクトゥクとそういう関係らしいです。

待っていてもらえば帰りも困らない

走っているうちに、ひとつ気になり始めました。

ワットパクナムまでは行ける。

では、そのあとどうやってホテルへ帰る?

Grabは使えません。

タクシーも、そこですぐ捕まるとは限らない。

それなら、このおじさんに待っていてもらえばいい。

トゥクトゥクに揺られながら、おじさんに聞きました。

ワットパクナムで少し待ってもらって、そのあとホテルまで送ってほしい。

いくら?

返ってきたのは250バーツ。

そこでまた、「200で」と言ってみます。

おじさん、また了承。

よし。

これで帰りの足も確保できました。

ところが私は、その直後にひとつ余計なことを言います。

「15分後に戻ってくる」

と言ってしまいました。

見るだけなら15分で十分だろう。

そのときは、本気でそう思っていました。

「15分後に戻る」だけが完全な誤算

ワットパクナムの近くまで来ると、トゥクトゥクが止まりました。

どうやら、お寺のすぐ前まで行けるわけではないようです。

周りを見ても、ここで簡単にタクシーを拾えそうな雰囲気ではありません。

おじさんに待っていてもらうことにして、本当によかった。

もし帰りの足を何も考えずに降りていたら、見終わったあと、

さて、どうやって帰ろう。

から始まっていたところです。

帰りのおじさん確保。

これはナイス判断でした。

ただし、

15分。

こちらは完全に失敗です。

おじさんが、

「あっち」

と方向を指します。

言われたほうへ歩いていきました。

でも、入口はありません。

途中に看板があり、

「ここかな?」

と曲がろうとすると、近くにいたタイの人が違う方向を示してくれました。

そっちじゃない。

あっち。

そんな感じです。

ありがとうございます。

教えてもらった方向へ、また歩きます。

その間も、頭にはずっと数字が浮かんでいました。

15分。

ああ、15分にするんじゃなかった。

やっとたどり着いた。なのに残り時間がない

ようやくワットパクナムに着きました。

そこから、天井画のある5階へ上がります。

そして中へ。

そこに、写真で何度も見ていた景色がありました。

鮮やかな色の天井画が頭上に広がっています。

写真で見ていた場所ですが、やはり実際にその場に立つのとは違いました。

私たちのほかには2組ほど。思っていたより静かでした。

「来てよかった」

と思いました。

今回の旅で、いちばん見てみたかった場所です。

本当なら、ここで座りたい。

急いで写真を撮って終わりではなく、しばらく何もせずに眺めていたい。

せっかくここまで来たのだから。

でも。

15分。

おじさんが待っています。

しかも15分は、この部屋にいられる時間ではありません。

トゥクトゥクを降りてからここまで歩く時間も、

建物に入って5階まで上がる時間も、

そして帰りにまた同じ道を戻る時間も、

全部込みです。

どう考えても足りない。

もっと見たい。

でも戻らないと。

もう少し座っていたい。

でも、おじさんを待たせている。

せっかく一番見たかった景色の前まで来たのに、頭の片隅にはずっと時計がありました。

来るまでは「どうやって行くか」。

着いたら今度は「何分いられるか」。

なかなかうまくいきません。

急いで戻る。おじさんはちゃんと待っていた

もっと見ていたい気持ちを残したまま、5階をあとにしました。

階段を下り、来た道を戻ります。

もっとゆっくり見たかった。

あと少し座っていたかった。

そんなことを考えながら、トゥクトゥクを降りた場所へ急ぎます。

そして戻ってみると。

おじさんはいました。

ちゃんと待っていてくれています。

よかった。

そこからまたトゥクトゥクに乗り、そのままホテルへ送ってもらいました。

この日は朝からかなり歩いていました。

娘は途中で体調を崩し、Grabも使えなくなり、移動はなかなか思うようにいきません。

→「お母さん、頭痛い」バンコクで予定が全部止まった日

だから最後にトゥクトゥクへ座って、そのままホテルまで帰れたときは本当に楽でした。

もしおじさんを待たせていなかったら、ワットパクナムを出たところでまた、

「さて、タクシーは?」

と始めていたかもしれません。

15分は完全に失敗。

でも、おじさんキープは大正解でした。

「もう二度と」はやっぱりあてにならない

約10年前。

トゥクトゥクに乗って、

「もう二度と乗らない」

と思いました。

そのときも結局また乗りました。

そして10年後。

またバンコクに来て、

また乗りました。

しかも今回は、そのトゥクトゥクが今回いちばん見たかったワットパクナムまで連れていってくれて、帰りはホテルまで送ってくれました。

「もう二度と」と思った乗り物に、10年後また助けられるとは思いませんでした。

そして次にワットパクナムへ行くことがあったら。

15分ではなく、もっとたっぷり時間を取ります。

これはもう、絶対です。

……たぶん。

※この記事は2018年12月のバンコク旅行を振り返ったものです。現在の交通事情や料金、ワットパクナム周辺の状況などは当時と異なる可能性があります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA